竹島問題:日本の主張と韓国の主張 http://goodboone.com/izime/politics/entry946.html

竹島問題:日本の主張と韓国の主張


日本では、ロシアとの北方領土問題や中国との尖閣諸島問題など、解決していない領土問題がありますが、韓国とは竹島(韓国での名称:独島(トクト))を巡っての領土問題が解決しないままです。

竹島問題に関連する事項

江戸時代前後の状況を元にした見解
日本の主張

江戸幕府と朝鮮王朝の間で、竹島の西側にある鬱陵島(うるるんど)を巡って領土紛争が起こったが、江戸幕府は友好関係を尊重し、1696年に鬱陵島への日本人の渡航を禁止した。しかし、竹島はは含まれていなかっため、竹島は日本の領土であるとの見解。なお、朝鮮の古い文献にある宇山島の記述は、竹島の実状に合わないと疑問視している。

韓国の主張

15世紀に朝鮮王朝が作った「世宗実録・地理誌」によると、「宇山と武陵の二つの島は、それほど離れておらず天気が良ければ眺めることができる」とあり、実際に鬱陵島から独島が見えるため、宇山が独島で武陵が鬱陵島だと主張。しかも、「世宗実録・地理誌」には、6世紀初頭に新羅に服属した宇山国の領土ともあるため、古代から独島はは韓国領だったとも主張。

 

明治時代の状況を元にした見解
日本の主張

1905年、明治政府は閣議決定により「竹島」と命名した。そして、日本が領有する意思を再確認し、島根県が告示した。

韓国の主張

当時の日本は、利権を巡ってロシアと戦争をしており、領有は日本海での海戦に備えて軍事的に必要であったためであるとの見解。

 

終戦後の状況を元にした見解
日本の主張

1945年、終戦したことにより、日本の朝鮮半島への植民地支配が終わり、1946年にGHQ連合国軍総司令部)の指令で、日本による竹島などへの行政権が停止された。しかし、1951年にサンフランシスコ講和条約が調印され、日本はいくつかの領土を放棄することになったが竹島は明記されなかった。そのため、竹島は日本の領土であるとの見解。

韓国の主張

日本が無条件降伏したことにより、独島は韓国の領土に戻った。しかも、1943年のカイロ宣言で「日本は暴力と欲望で奪った全ての地域から追い出されるべきである」とされているため、独島もそれに含まれるとの見解。なお、サンフランシスコ講和条約では、3千あまりの韓国の島のうち、済州島など一部が例示されただけとの見解。

 

2005年

島根県は、2月22日を「竹島の日」とする条例を成立させた。

2008年

日本政府は、学習指導要領解説書に初めて竹島を記述した。

2008年

韓国の韓昇洙首相は、現職首相として初めて竹島に上陸した。

2012年

韓国の李明博大統領が竹島に上陸した。

1952年、韓国は竹島を含んだ公海上に「李承晩(りしょうばん)ライン」を設定し、そのラインに基づいて、日本漁船を拿捕するようになりました。そして、1954年に韓国は竹島武装要員を常駐させ、その後も灯台や監視所を設置し実効支配を強めました。なお、1965年に日韓基本条約で国交正常化したことにより、日韓漁業協定が結ばれ、李承晩ラインは撤廃されましたが、竹島の帰属は棚上げにされたままになりました。

 

1999年になって、日本と韓国の間で新たな漁業協定が結ばれ、竹島周辺を含む暫定水域(日本と韓国ともに漁が出来る)が出来ました。(その協定を結ぶ際、竹島問題は未解決が前提のハズでしたが…)

 

日本は、「日本固有の領土を韓国が不法占拠している」と主張し、領土紛争をICJ(国際司法裁判所)で解決しようと訴えていますが、韓国は「独島は、韓国固有の領土であるため、領土紛争は存在しない」と主張し、ICJへの共同提訴を拒否しています。

 

竹島問題は、日本では領土問題ですが、韓国では歴史認識の問題との考えであるため、問題解決を難しくしています。